子供たちに”学ぶ喜び、生きる喜び”を味わわせ、悩みや苦しみを分かち合える仲間づくりを支援します
育学舎こころん
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助け合いの行動

外国へ行き、
「たくさんの人たちが
手を貸そうと
声をかけてくれた」
という話を
よく耳にします。

日本人は、
外国の人に
声をかけないのだろうか
と、いつも疑問に
思います。

田舎の人は、
誰にでも
優しく声をかけるが、
都会の人は、
人が倒れていても
知らん顔して
通り過ぎていく。

そんなイメージは
確かにあります。

どんな心理
働いているのだろうかと
考えました。

自分のテリトリー
入ってきた人には、
気持ちに余裕があり、
困っている様子などが
あったりすると、
『助けてあげなきゃ』
という気持ちに
なるのではないでしょうか。

自分のテリトリー
以外の場所では、
自分がその場に
お邪魔している
立場なので、
誰かが困っている
様子などが見られても
「誰か助けてあげて」
と思っても、
『よそ者の私では、
助けてあげられない』
と思ってしまうのでは
ないかと思いました。

『私が何かして
あげられるかも』
と思えるか、
思えないか・・・

そもそも
「〇〇してあげる」
よりも
「〇〇しなきゃ」
という気持ちになれば
自然に体が
動いてしまうと
思うのですが

それが、
自分のテリトリーなら
自分が何とかできなくても
近所の人に助けて
もらうことも
できます。

人とのつながりがないこと
自分に自信がないこと

それが、
”助け合いの行動”に
ならない理由なのかな・・・
と、思いました。

今の子どもたちは、
人間関係を
上手に作っていくことや
自分に自信を持つことが、
不得手になってきていると
思います。

すぐ近くに
困っている人がいたら、
迷わず
声をかけられる人が
増えていくように

”人と人とが
つながっていくこと”
”自分に自信をもつこと”
を一人でも
多くの子どもたちが
学んでいって
欲しいと願っています。

コメント (2)
  1. YUKARI より:

    自分が困っている時、大変な時、声をかけてもらったり、助けてもらえると
    一生忘れられないような嬉しい気持ちになりますよね。
    迷わず声をかけれる人にならねば!

  2. life-supporter より:

    実際には、その場になると迷いますよね。
    先日、押しボタン式の信号のところで白い杖をもって歩いていらっしゃった方が立っていて、まずはボタンをその方が押していました。安心して後ろから見ていましたが、信号が青になっても、歩き出しません。自分も歩きだせず、声をかけようかどうしようか迷っているうちに、前から歩いてきた人に気づかれたようで歩き出しました。
    特に、障がいを持っていらっしゃる方には、「何か手助けすることはありますか?」と聞くとよいとは、聞いていますが・・・どの場面でも有効な言葉ではないです。
    果たして困っているのかどうなのかという判断が、なかなかつきにくいというのが実際なのかなと思いました。
    必要のない声掛けは、かえって迷惑かなと思いがちですもんね。どんな声かけをすると傷つけないか、迷惑にならないか考えてしまいます。